残された人生の生き方を求めて

平均寿命まではまだまだですが、50代後半に差し掛かって、残された時間で、本当に知りたかったこと、そしてその答えを探してみたいです。私の考えたことや、その手助けになった本や体験を書いていきたいと思います。多分に宗教的な雰囲気にもなっていくかもしれませんが、直接宗教を題材にしたブログではありません。

【Book】『人間の運命』五木寛之

『人間の運命』
五木寛之 角川文庫 2013年2月25日発行 

自らの生い立ちや過酷な戦後の引き上げ体験などを通して、著者は「宿業」「運命」を考え続けてきました。私たちは「悪」を犯さざるを得ない存在なのでしょうか。自分の「努力」で「運命」は変えられるのでしょうか。

 


 

五木寛之さんの本を、私は若いころから読んできました。もっとも、本当に沢山の作品、エッセイを書いてきた五木さんですから、私が読んだのはそのほんの一部でしょう。
主に私が若いころは小説を読んだのですが、最近はエッセイの方をよく読みます。五木さん自身も、80年代に仏教を龍谷大学で学んだ頃から近年に至るまで、生き方をテーマに様々なエッセイを書いています。『歎異抄』や親鸞についての本も多いです。

ここ十数年の間に出版されている中で、私にとって特別な重みを感じさせるのが、この『人間の運命』です。

まず冒頭で、五木さんの終戦後の体験が語られます。
五木さんは今の北朝鮮平壌終戦を迎え、三十八度線を越えて日本に帰り着いたそうです。その時の体験が赤裸々に語られています。

私はこの冒頭部分を読んだときに、五木さんが並々ならぬ覚悟を持って、この本を書こうとしているのだ、と感じました。
そこに書かれている内容は、あまりにも生々しいものでした。
それはこういう言葉から語られ始めます。

ここに紹介する話の内容は、いままであまり書いたことがない。
それは私にとって、あまりにも恥ずかしく、振り返りたくない出来事だからだ。

引き上げからはじまる戦後の体験は、その後の五木さんに悪人の自覚をもたらします。そして五木さんは、その悪人の自覚をずっと抱えてきたのでしょう。
その自覚は五木さんに次のような言葉を書かせます。

その数年間の日々は、私にとっては決して思い出したくない記憶とともにある。私はその記憶に封印して、それを忘れようとつとめてきた。そして、ほとんどそれに成功した。
しかしその体験が、いまの私をつくっている。物の感じ方、考え方、すべてがそうである。(中略)
その後の学生生活や、マスメディアのなかでの体験などは、すべてその残光にすぎない。

この戦後の体験をはじめて書いたのはどの本なのでしょう。
私には分からないのですが、もしかしたらここまで詳しく自身の体験を語ったのは初めてなのかもしれません。
そしてその体験は、その後の経験や実績、歩みさえも「すべてその残光にすぎない」と言わせるのです。

もちろん私は五木さんの終戦体験を、この本ではじめて知りました。
それなりに著書は読んできたのですが、このような体験と悪人としての意識が根底にあったのに驚きました。まったく、それまでの作品からは感じることができなかったのです。

作者自身の体験が小説の中に散りばめられている作品は多いと思います。いえ、作品は作者が作るものですから、その中に作者の体験が入ってくることは普通のことではないでしょうか。
だけど私が読んだ五木さんの作品からは、この終戦後の体験は読み取れなかったのです。

私は、その「自分は悪人だ」という思いを、一人自分の中に閉じ込めてきた五木さんのこれまでを想うのです。
なぜなのか、なぜ人は苦しみを抱えて生きるのか。どんなに作家として成功しても、その苦しさからは逃れられずに、50年以上すぎて初めてその思いを絞り出すのです。

私は自分のことを、悪人であるとずっと思ってきた。しかしこれまでは、それを口にしたり、書いたりすることはしなかった。
(中略)
しかし、自分を悪く言い、それをあたかも誇るように語ることのほうが、もっと気持ち悪いように思う。
自分が悪人である、などと自分から言う必要はないのだ。
しかし、それでもなお、心のなかにうずくものがある。自分で自分のかかえている悪の重さが、耐えがたくなったりするのである。

 

では、この私自身を振り返って考えるとどうでしょう。
私にも罪の意識、悪の自覚はあるのです。だけど、五木さんが体験してきた悪の自覚には及ばないでしょう。
私が犯した悪などは、五木さんの経験、そしてその後の苦しみに比べたら、大したことはないと感じてしまいます。

ですが、こんな私でも苦しいことはあるのです。人を殺めたり、物を盗んだり、そういう「悪」には手は染めなくても、私も「私は悪人だ」という思いに潰されそうになる時があるのです。

これは、ただ単に私が弱いからなのでしょうか。

また、改めて考えていきたいと思います。